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もののけ姫の舞台設定とモデルとなった場所を調査!屋久島や白神山地はどんな所?

もののけ姫

スタジオジブリ制作『もののけ姫』は1997年に公開されました。

宮崎駿監督は、様々な地を巡り、構想には16年の歳月を費やしたと言います。

この記事では、もののけ姫の舞台設定とモデルになった場所についてお伝えしていきます。
「もののけ姫は何時代なの?」「モデルになった森があるの?」など疑問を持つ方はぜひご覧ください。

この記事の内容

・もののけ姫の舞台設定と世界観
・もののけ姫のモデルとなった場所、屋久島や白神山地を紹介

もののけ姫の舞台設定と世界観

アシタカの村はどこ?

アシタカの村はどこにあるのか調べてみました。

『東の果にアカシシに跨り、石の矢じりをを使う勇壮な蝦夷の一族
ジコ坊がアシタカの格好を見て言ったセリフです。

この言葉から、アシタカが蝦夷の一族であることが分かります。

蝦夷(えみし)とは

蝦夷とは、奈良〜平安時代に朝廷に従わなかった東北地方の人々のことで、縄文文化を受け継ぐ部族社会を形成していました。
族長を代表として100人程からなる共同体が点在していたようです 。

朝廷は武力で蝦夷を支配下に置こうとしました。

朝廷の中央集権国家は蝦夷の人々の文化・文明と違っていたため、蝦夷の人々は散らばる村々をまとめ”蝦夷連合”を組織し朝廷と戦いました。

指導者だった人物の名前をアテルイといいます。
アシタカはアテルイの子孫かもしれませんね!

もののけ姫は何時代?(時代設定)

劇中に出てくる道具やセリフをヒントに時代の考察していきます。

石火矢
石火矢とは、室町時代末期に伝来した大砲の一種です。

「この者たちが考案した新しい石火矢だ。明国のモノは重くて使いにくい」
エボシ御前の劇中のセリフです。
明国(みんこく)は1368年−1644年に栄えた中国の歴代王朝の一つです

「大和との戦に敗れ、この地に潜んでから五百十余年」
こちらはアシタカの村の長老であるヒイ様のセリフです。
蝦夷は大和朝廷との合戦は多数ありました。
ここでは前九年の役(1051-1062)・後三年の役(1083-1087)を指していると思われます。

これらの事柄から『もののけ姫』の時代設定は1500年代後期の室町時代だと考えられます。

もののけ姫のモデルのひとつとなった、屋久島

屋久島は鹿児島県の大隅半島佐多岬南南西約60kmに位置する島です。
シシ神様の森のモデルになったことでも有名です。

屋久島は、1993年、世界遺産に登録されました。

屋久島といえば推定樹齢7200年の縄文杉が有名ですが、

その他にも

・ウィルソン株
・大王杉
・苔むす森
・太鼓岩
・白谷雲水峡

があり自然が作り出す神秘的な光景や生命力など見どころ満載です。

もののけ姫ファンならぜひ行ってみたい場所ですね!

もののけ姫のモデルのひとつとなった、白神山地

白神山地は青森県南西部から秋田県北西部に広がる手つかずの自然が残る一帯の総称です。

原生的なブナの林が世界最大規模で分布していることから白神山地も世界遺産に1993年に登録されました。

現在でもブナの林を維持し、特別天然記念物ニホンカモシカや天然記念物クマゲラ、ニホンツキノワグマ、ニホンザル、イヌワシなどの自然のままの姿を見ることができます。

スタジオジブリが公式サイトで「大いに参考にした場所」と発表しています。

白神山地の西端に位置する33個の湖沼群は、大崩から眺めると大きな池が12個だけ見える事から十二湖と呼ばれています。

未だに解明されていない神秘的な水面が青く輝く【青池】がオススメです。
十二湖の森は遊歩道があり森林セラピーでリラックスすることができます。

もしかしたら、ヤックルやコダマに会えるかもしれませんね!

まとめ

時代と舞台設定について調べてみました。

歴史的な事実に反映された時代設定は大河ドラマのような驚きがあり日本史の勉強にもなります。

屋久島と白神山地は人間の手が入っていない数少ない秘境の地です。

もののけ姫ファンでなくても是非一度は訪れてみたい場所ではないでしょうか?